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東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)4017号 決定 1955年6月30日

申請人 高木文之助

被申請人 東京一般労働組合連合杉田屋印刷労働組合

主文

被申請人組合が昭和二十九年四月二十七日なした申請人を除名する旨の決議の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、申請の趣旨

仮に申請人が被申請人組合の組合員たる地位を定める。被申請人組合は申請人の就業を妨害してはならない。

との裁判を求める。

第二、当裁判所の判断の要旨

一、被申請人組合(以下単に組合という)が杉田屋印刷株式会社(以下単に会社という)の従業員をもつて組織する労働組合で申請人は昭和二十八年三月十日右会社に植字工として採用せられ、同年六月一日組合に加入し組合員となつたものであること、組合が昭和二十九年四月二十七日午前十時頃組合臨時総会を開催し、申請人に対し、申請が組合規約に背き、組合の統制を乱し、名誉をきずつけ損害を与えたという理由で組合規約第九条第二項に人より除名の決議を行つたこと。以上の事実は当事者間に争いない。

二、申請人は右の除名理由に該当するような行為をしたことはないと主張する。

ところで労働組合は自主的団体であるけれども、組合員除名の決議は組合員に対し、組合員としての権利を剥奪するものであるから、除名決議の効力が争われる場合に裁判所がその当否を審査し得べきこと勿論であり、従つて、除名事由について組合規約をもつて限定している場合は、右除名事由に該当するかどうかについても裁判所の判断に服すべきはいうまでもない。

そこで被申請人の主張する除名事由について検討する。

(一)  疏明によれば申請人が昭和二十九年四月二十六日午後七時頃同僚組合員森芳次郎とともに組合会計筒井正彦を会社事務所内応接室に呼び寄せ組合会計上の不正事実、闘争準備資金等について質問をなしたことが認められる。

被申請人は申請人の右行為が組合の名誉をきずつけ組合に損害を与えたものであつて、組合規約第九条第二項の除名事由に該当すると主張する。

しかして疏明によれば、昭和二十九年四月三日組合執行部の改選が行われ組合会計の交替もあつたが、その後申請人は森芳次郎その他の組合員から組合会計に三万円の赤字があり、これを一万円宛前会計佐々木某組合員佐藤某及び組合が支出して補填するという噂をきゝ森芳次郎と相談の上、その真否を確かめるため新任会計係筒井に面会して右事実に関する報告を得ようと思い同月二十六日午後七時頃会社工場に赴いたがすでに工員の出入口が閉つていたので会社事務所から入らうとしたところ、同事務所内応接室があいていたので、右応接室には衝立で間仕切りをした向側に会社役員らが執務中であつたけれども他に適当な対談場所も見つからず、また他の組合員に知れない方がよいとの考えから会社営業部員山崎に依頼して筒井を呼び寄せ前記のような質問をなしたのであるが、これに対して筒井は「会計引継ぎのとき現金三万円を引き継ぎ内二万五千円を受け取つたがあとは委員長が承知している。会計帳簿は組合員はいつでも見れるんだから一人々々充分監視して貰いたい。闘争資金は幾らあるか今おぼえていない。労働金庫の株券等にしてある」という趣旨を述べたことが認められるけれどもその際申請人が会社役員に組合財政上の秘密を暴露し、会社側に闘争対策の資料を提供する意図を有していたことを認むべき疏明はない。

してみれば申請人の右所為により組合の闘争資金を暴露し組合に損害を与えたものであるとはいえないし、又組合にとり不名誉な事実を会社役員らに知らせたものということもできない。また申請人の右所為によつて組合に不正があるのではないかという印象を第三者に与えるものであつたとしても、組合規約に定める除名事由としての「組合の名誉をきずつけた」という趣意は、右の程度にとどまる場合をも含むものとは到底解せられない。ところが被申請人は当時組合は四月十九日の執行委員会において会社に対して物価手当を要求することを決定しその要求の時は五月一日のメーデーの前後としてその確定日は執行部一任と定められ、この決定は職場委員会を通じて組合員全員に流されて申請人も知つていたものであり、会社側においても近日中右の要求あるべきことを探知してその対策を考慮中であつたので組合の闘争資金の有無多少に関する情報は会社の交渉対策の資料として最も関心していたところであつてかような状況のもとに前記行動がとられたのであるから、右は組合経理の状況聴取に藉口し会社側と通謀し会社に利益をあたえる目的でなされたものであるというけれども、前記認定の質問応答の経緯に徴すれば被申請人主張のような事情によつて申請人がことさら会社役員の在室するところに筒井を呼び寄せ組合の秘密を暴露しようとしていたものであるとは断定し難く他にこれを認められるような疏明資料もない。よつて申請人の右行為はこの点においては除名事由に該当しない。

被申請人は右の行為が被申請人主張のような意図のもとになされたのではないとしても、軽挙妄動をつゝしみ、組合に関して言語承認等不利益なことをしてはならないとの組合規約第八条第二項に背き、第九条第二項にいう組合規約に違反したものに該当すると主張する。しかして申請人が前記のような事情のもとにおいて組合会計に不審を訊すことは組合員にとつて当然許されなければならないところであつて、組合事務所において帳簿の閲覧を求めず直接組合会計に訊したことも、それが組合規約において禁じられていたわけでもないから強ち非難すべき行為とも言うことはできないが前記のように会社役員の在室するところでたとい役員らにはきこえない程度の小声であつたにしても組合内部の事情について質問応答をすることは避けるべきで申請人が敢てこの挙にでたのは一応軽卒な振舞いであるという非難は免れ難く、組合規約第八条第二項にいう軽挙妄動をつゝしまなかつたものと言うことができるかも知れない。しかしながら、組合規約第九条第二項に懲罰事由として掲げられた「規約にそむいた」とは、少くとも除名事由としては単に規約に違反したというにとゞまる場合を含むものではなく、規約違反の結果が組合に重大な影響を及ぼした場合を指称したものと解するのが相当であるところ、申請人の右行為によつて組合に損害を及ぼしたとはいゝ得ないこと前記のとおりであつて他にそのことによつて組合に重大な影響を及ぼしたことの疏明はないから、右行為はこの点において除名事由に該当するものではない。

被申請人は申請人の右行為は組合の統制をみだしたもので組合規約第九条第二項の除名事由に該当すると主張する。ところで一般に組合の統制をみだすとは正当な組合の指令に従わず、組合大会の決議を遵守せず、或いは当該労働組合の綱領に反する行為に出でた場合を指称するものであつて、被申請人組合の組合規約に定められた趣意も同様に解するのが相当であるところ組合会計に不審があつた場合直接組合会計に問い訊すことが組合において特に禁ぜられていたこと、または右が組合の指令ないしは組合綱領に反するものであることの疏明はないのみならず、申請人らがまず帳簿の閲覧を求めた上組合執行部の説明をきゝ、しかるのち質問を開始すべきであるのにこの手続を履践しなかつたからといつて非難すべきものでないこと前記のとおりであるからこの点において申請人らの右行為が除名事由に該当するものとはいえない。

従つて被申請人の主張は採用できない。

被申請人は、昭和二十九年四月二十七日午前八時組合執行委員長は前記申請人の行為を組合規約第九条第三項によつて調査審理をするため、組合執行委員会を招集し、右執行委員会において申請人は執行委員らの質問に応ぜず退場し更に引続いて申請人らの懲罰を議題として開かれた組合総会においても執行委員長組合員らの質問に応ぜず退場し委員長の再出場勧告にも応じないで、執行委員会及び総会において「組合を脱退する」、「他にも明朗な組合をつくる」と放言し自己の行為につき自責反省するところがなかつたから組合の統制をみだしたものであると主張する。しかして右の事実は疏明によつて窺い得ないのではないが、申請人が執行委員会総会に出席を求められたのは、申請人の弁明を求めるためであり、また申請人の発言の趣旨は執行委員らの態度に不満をもつた申請人が現執行委員会に不信の意を表明したものにほかならないものと認むべきであるが組合規約に除名事由として「組合の統制をみだす」と定められた趣旨は前記のように解するのが相当であるから単に弁明の機会を与えられながら弁明しないからといつて、組合の指令或いは決議に反したものであるとはいえないし、組合役員らに対する不信の意を表明したからとてこれに該るとはいえない。またこれらの被申請人の行為が組合の綱領に反する行為でもないことは言うまでもない。たゞ申請人の発言は聊か穏当を欠き組合役員らに対し相当程度を超えた侮蔑的言辞であつたということはできるにしても組合の統制をみだしたということにはならない。

よつて被申請人のこの点の主張は理由がない。

被申請人は申請人が昭和二十八年四月四日組合総会で申請人は執行委員候補に選出されながらこれを拒絶しその理由は組合役員となれば他に就職するのに障碍になるからという如きは労働組合の組合員としての自覚を有せずしたがつて組合綱領の趣旨実現の意欲がないものであるから組合の統制に服しないものであると主張する。しかしながら前記組合総会において申請人の右行為が懲罰事由として議に付せられたものであることは疏明がない。組合員らにおいて申請人の右のような態度を遺憾としていたゝめ除名の決議に賛成の投票をなすに至つたものがいるかも知れないが、右行為が懲罰事由となつて除名決議がなされたものであるとの事実は到底認められない。したがつてこの点において被申請人の主張は採用できない。

しかして他に除名事由該当行為についての主張疏明はないから本件決議は除名事由に該当する行為はなかつたに拘らずなされた無効のものといわねばならない。

(二)  被申請人は本件仮処分申請はその必要性を欠くものであると主張する。しかしながら一般に組合員が労働組合の組合員としての権利を剥奪され、組合員としての利益を享受できない状態におかれたまま除名決議の無効であることの確定せられるを俟つことは回復し難い損害を蒙るものというべきである。ところで本件においては申請人が執行委員会総会等において組合を脱退する等の趣旨の発言をなしていることは疏明によつて認められるのであるが、右は現執行部に対する強い不満の意を表明したものにほかならないと解すべきであつて、申請人が労働組合の組合員たる利益は全く不必要視しているものであると断定することはできないから本件除名決議の効力を停止し組合員たる仮の地位を定める必要性がないということはできない。

(三)  次に、申請人は本件除名の決議によつて組合員たる地位を否認され、会社従業員としての就業にも他組合員の圧迫を感じて支障があることが明らかであるから、本件仮処分においては本件除名決議の効力を停止し他は組合の任意の履行に期待するをもつて仮処分の目的を達し得るものと考えられるから本件除名決議の効力を停止する旨の命令をもつて相当とすべく、申請費用については敗訴の当事者たる被申請人の負担とし主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 高橋正憲)

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